Gallery Kawafune ギャラリー川船

−始まりのための小さな回顧−
黒崎俊雄展
2000 2月14日(月)〜26日(土)

グワッシュ・紙 76.6x57.0cm 1983

僕は待っている

画学生だった頃の黒崎俊雄は、どんな絵を描いていたのか。僕は教師だったのに、まるっきり覚えていない。やたら大食いだった。際限なく詰められる皮袋みたいな、そんな胴体をしていた。
 年齢は違っていてもぼくたちは当初から友人だったように思う。絵は教えられるものではないし、習うものでもないと、黒崎俊雄は分かっていて、ぼくが教室で作品を覗きこんでいると、不思議そうにしていた。
 カタチというものは・・・・両の掌を丸く組合わせ、ぼくがそれをパッと広げて、このように空間に働きかけるものだと言うと、おかしなことにこの若とい友人は、ぼくの仕草そっくりにコブシを固め、それから同じように十本の指を伸ばす。
 そうしてぼくがうなずくように、ゆっくりと頭をかしげて、にっこりする。ときには不審そうにぼくをまじまじと見つめる。
 相手の考えは実感として体内にもぐりこみ、肌に合わない部分は拒否反応をおこして、そくざに体外へはじき出される。不審そうな表情をみせるのは、そんなときだ。原初の人間の気おくれ図太さに、ぼくはたじろぐ。
 今までの絵画の概念が大きく揺とれ動いている時代だった。カタチというものの本質、カタチ空間との抜き差しならぬ緊張、それらの契約が溶けはじめて、混沌と画面に漂うか、あるいは現象と化して存在の意味を失うか、ともかくぼくにとっては計り知れない衝撃が襲いかかってきた。
 黒崎俊雄がどのよに戸惑ったかは知らない。例の手まねのような感性で、いろいろまさぐっていたに違いない。色を失くし苦渋にまみれた画面が現れたころから、ぼくはこの若い画家のことを覚えている。
 触覚を身上にしているわけではあるまい。陰影にこだわるつもりもないだろう。現像を捉えようとしているわけでもなく、ただ目の前に見えるものをどこまでも剥ぎとっているだけだ。
 いつまでこの報われない作業を繰り返していることか。すぐにでも掴みだせると黒崎はおもっているのだろう。そう深遠なもではなく。意味のない物質感だけの、しかし確固とした生きものは、すぐそこに潜んでいるのだ。
 本人にとっては何とも、もどかしいことだろう。貪欲な胃袋と透明な感性を持ったこの若い、いやもういい年になった友人を、ぼくは長いこと待っている。ここいらで生きものの尻尾ぐらいあばいてみせてくれ。

(のみやまぎょうじ・画家)
 
1946    東京に生まれる
1971    東京芸術大学美術学部油画専攻卒業 大橋賞受賞
1973    同大学院美術研究科油画専攻修了
1974−77 同大油画科助手
1977−79 イタリア政府給費留学生として渡伊、ブレラ美術学校で学ぶ
1983−84 東京芸術大学美術学部非常勤講師
個展
1972    みゆき画廊‘73 ‘76
1978    Graphica Moderna(Milano)
1981    お茶の水画廊‘83 ‘87
1982    ギャラリー21 ‘84
        シロタ画廊
1986    ギャラリー武者小路
1987    淡路町画廊
1989    ギャルリーモーヴ(西武百貨店)‘92
1992    AK-I-EXギャラリー
1994    港房
1996    画廊椿(千葉市)
1997    鎌倉芸術館
2000    ギャラリー川船(−始まりのための小さな回顧−)

グループ展・その他
1971    二人展(丸の内サエグサ)/十朋会(小田急百貨店)〜‘73
1974    二人展(みゆき画廊)/フォルム新鋭+1展(フォルム画廊)〜‘77
1976    O氏賞記念展(東京セントラル美術館)/PAINT7展(画廊ニシキ)
1980    スクエアー展(フォルム画廊)〜‘86
1982    「・・・・・」展(大阪フォルム画廊)/ミュエット展(新生堂)〜‘87
1984    O氏賞受賞者作品展(日本橋・島屋)
1991    「線の表現」展(埼玉県立近代美術館)
1992    6人展(77ギャラリー)〜‘94
1995    Ecdysis展(ギャラリー銀座汲美)
1996    人生半世紀展(ギャラリーリブ)
1998    テーマ「水」(ギャラリー銀座汲美)/東京芸大‘71年卒今昔物語(ギャラリーSHIBAアート)
1999    Praivate Letter(ギャラリー銀座汲美)

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