Gallery Kawafune ギャラリー川船

今西中通水彩デッサン展
2005年1月24日(月) - 1月29日(土)
11:00-19:00
日・祭日休廊

今西中通 水彩・デッサン 展について

 今西中通(いまにしちゅうつう 1908−1947・本名「忠通」)は、その短い画業を通しキュビズムを志向した稀有な作家である。
 日本のキュビニストといえば、先駆者として1910年代に萬鉄五郎、東郷青児が居り、またその次代に坂田一男の名を挙げられるが、20年代後半から30年代をとおし日本国内に於けるフォービズムの隆盛に比して、キュビズムは、日本人の情緒的感覚的嗜好にあっては、あまり受け入れられることは無かった。東郷青児の戦後の寵児ぶりは有名であるが、パターン化し通俗化されたその作風は、キュビズムの本質的精神からはるかにかけ離れたものになっていたと言わねばならない。
 1933年に坂田一男がパリより帰国する。レジェに学んだ坂田は、構成的、知的な作品を制作し続けるが、彼の性格的なものによるのか、岡山を中心としたごく限られた活動に終始している為、中通が坂田に影響されたとは考えにくい。
 中通が身をおいた独立美術協会は、どちらかといえば当初はフォービズムに重きを置いた新興団体で、中通の初期作品もフォービズムの作風である。1934年頃から中通の志向は急激にキュビズムに傾く。同協会に川口軌外がいるが、軌外はキュビズムというよりはロシア未来派からの影響が色濃く、中通の傾斜振りが奈辺を契機にしたのかが良く判らない。
 私が20数年前に初めて中通の油彩画作品を見たとき、なんと土臭い抽象かとあまり鮮烈な印象を持たなかった。20代後半の目には土臭いと映ったものが、やがて私自身年を重ね、より多くの中通作品を見ていくにつれ、ヨーロッパのそれを丸写しにしたのではない、日本の風土や臭いに根差した全く独自のキュビズムと理解していき、これを機に一気に愛着が増していった。この絵画的経験は、萬鉄五郎に対してのものと極めて似た方向性を辿っていて、私のうちでは、今西中通は萬鉄五郎を継いだ唯一人のキュビニストと位置付けられている。

ギャラリー川船 川舩 敬


「羽子」下絵 1941年頃 水彩・鉛筆 18.0x15.4cm

「室内」 1935年頃 コンテ・水彩 20.0x14.0cm 印のみ

「舞」下絵1 1940年頃 色鉛筆 18.0x15.4cm

「舞」下絵2 1940年頃 鉛筆・水彩 18.1x12.5cm

「舞」下絵3 1940年頃 鉛筆・水彩 18.1x13.5cm

「舞」下絵4 1940年頃 鉛筆・着彩 18.1x14.5cm

「静物・1」 1942年頃 鉛筆・水彩 12.0x9.6cm

「静物・2」 1942年頃 水彩 15.0x11.0cm

 



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