Gallery Kawafune ギャラリー川船

樋口健彦展
2008年3月10日(月)〜3月29日(土)
11:00am-7:00pm 日・祭日休廊

降るものの表情について
―樋口健彦の彫刻に
新見 隆
[見えない波動への信仰]
 九〇年代から精力的に活動の場を広げてきている、今や中堅作家と言って過言ではない、樋口健彦の作品を概観するのは、さほど難しくないように感じられる。まず私などの印象に浮かぶのは、その終始一貫した、寡黙だが真摯なものづくりの姿勢であり、作品も、華美な思わせぶりがない反面、むしろより精彩を放つその表情の豊饒に、私をふくめて多くの人が、好感を寄せてきただろうからである。
 だがいったん、彼の内面世界、その言葉にならない表明であるところの作品に一歩踏み込めば、果たしてそれを私たちの言葉でどう、容易に掬いとることができるだろう。かなりな困難を感じてしまうのは、それもまた、彼の持っている、飾らない悩み、「もの」に向き合っては立ち止まり、静かに耳傾け、何より、「もの」が語る幸福な瞬間を忍耐強く待つ姿勢に、共感するからに他ならない。
 はっきりわかるのは、彼の興味が、「もの」の孕んで産みだす、その空間の波動に向かっていることだろう。
そして、私たちは、揺らぎ、訥訥と何ごとかを囁きながら、奇妙で不可思議な表情を刻刻見せる、彼の彫刻の表面に、自らを重ね託して、さまざまに夢見る。
彼が一貫して、造形した陶のやきものに、墨をバーナーで焦がしつけて黒い表情を持たせた陶彫をつくり続けていることは有名だが、九〇年代の初期のそれは、むしろ、歪み膨らんだ、人間の肋骨の隙間の、空間への転移や変容を、読み取ることがあるいはできるかも知れない。
それがやがて、空洞や隙間自体、そうした「もの」と「もの」をつなぐ触媒のような空間の反復とか、連続とかとなって現われ、一種の、樋口流としか言いようのない、独特の構造体を形づくってきたことは、まちがいないだろう。
 乱暴に言えば、生命形態のようなバイオモルフィックなものから始まった彼の興味は、やがて、空間そのものが変貌する表情のほうへ向かったと言えるだろう。
 彼はそのとき、見えない波動を信じる気持ちになったはずである。

[宇宙的なユーモア]
 樋口の彫刻を、だから、建築空間や環境を彩るランドスケープ的なものに引き寄せて理解することも、また可能であるだろうが、私はもっと、彼の彫刻の根元にあるものへ耳傾けていたい気がする。
 ひとつはさきほども言った、やはり、天から降ってくるような法悦とか、恍惚としたエピファニーの、幸福な顕現を待っている、謙虚な器としての彫刻の表情である。
樋口自身がそう信じているかどうかは別にして、あらゆる優れた彫刻の必然的に持っている宿命と性格がここにも垣間見られるわけで、彼の空洞を支え、反復させ、変位変貌させる手つきには、極めて人間的な、戸惑いや焦燥や、不安が、そここゝに残照として現われる。それは、むろん、私がそうした人間だからであるが、たぶん、それはそうであって、またそれだけでは決してないと思われるのである。
あまりにも人間的な、と言えばそれまでだが、私もふくめて人間みな、そうした裸形の生な感情というか表情を、見るものに向けて仮託する。だから私は、一見してはミニマルでストイックにも見える彼の「構造的」彫刻に、構造的意志よりもまず、人間的な対話への渇望や、人間主義的な受容の姿勢、人間誰しもが持つような驕りを戒める、謙虚な脆弱さすら見ている。
そして樋口の彫刻は、終わりのない対話、その禅的とも言える、ユーモアの宇宙性で、飽くことなく私を魅了するのである。

[無いようで、あるもの]
 だから私はまた、彼の彫刻から、無上の笑い、宇宙からの哄笑を聞くものでもあるようだ。それは、私にとっての日日の振幅そのものでもあって、冬の暁に響く、ニーチェの虚無的な、ツァラトゥストラの哄笑から、モーツァルトの音楽の、刻刻変化してはあっという間に消え去る、天の鐘の音のような天使の微笑までをふくんでいる。
 それはまた、無いようである、あるようで無いものを感じとろうとする、私たちの願いを吸い込んでは成長する、豊饒な虚無の器のような存在である。
 そうした、かつてのシュルレアリストたちがいみじくも、夢の漂流物と言ったようなものの現存を、私もまた、そこに見ている。
 また彼の彫刻のなかでは、黒いということもまた、空間そのものが持っている有機的な生命に精彩をあたえる、ずいぶん大事な性格だが、焼きつける彼の手つきもまた、一途な願いをふくんでいるようだ。
 どうでも良いことだが、黒はほんとうは、私は好きな色ではない。だから、樋口の彫刻には、私はもっと紫じみた、陽が傾いて闇に溶けこむ寸前の、空の色の変化をいつも見ている。
 ギリシャ以来、西洋彫刻の伝統は、ひとえに人体にあるようであって、世紀末ドイツの詩人で、私が大好きなリルケも、「風景について」という卓抜なエッセイのなかで、古代ギリシャ人が、人間の肉体を、初めて風景として発見した、と書いている。
 そう考えると、樋口健彦の彫刻も、人間の肉体という、彫刻の長い伝統が夢見てきたものの、そのまた影、のように見えなくもない。
 また、そう思わせるところが、彼の彫刻のユーモアの質の、底知れぬ凄み、不気味さでもあるのだろう。

(にいみ りゅう/武蔵野美術大学芸術文化学科教授、デザイン史、美術館論)

(註)
 「もの」とはむろん、リルケが「ロダン論」で言ったように、私たちの存在の根源を物語る「もの」であるが、またいっぽう比喩でもあって、永遠のエニマとしての謎だ。そこには、素材や手の実感に絡みあう彼の肉体の呼気、それに触れる空気の重さと軽さの振動、そして全体験を賭して彼が見ようとする言葉にならないものの表情、それらすべての生起消滅する、想像力によって織り合わされた、生きている空間の謂である。
また、「あるようで無い、無いようである」というマラルメの箴言を、芸術的本質として、身体に染み込むように教えてくださったのは、私の仏文の恩師、立仙順朗先生である。
シュルレアリストとは、私たちの世代が、神のごとく憧れた、戦後の日本の前衛を牽引した美術評論家、瀧口修造のことである。

 

関連情報  2006.11 2006.11 2004.7 2002.2

樋口 健彦

1966 福岡県生まれ
1990 大阪芸術大学芸術学部工芸科陶芸コース卒業
1992 多摩美術大学絵画科陶芸専攻研究生修了
1993 「Artists in Residence Program 」TAMAらいふ21協会 東京
1999 「Asian Artists Fellowship」Vermont Studio Center, U.S.A.
2003 東京国際フォーラム「器用な創造者達vol.1建築家の器」展(企画・制作)

<個展>
1994 コバヤシ画廊 東京
1995 GALLERY WHITE ART 東京
1996 INAX ガレリアセラミカ 東京
    ギャラリー川船 東京
    STUDIO 錦糸町 東京
1997 コバヤシ画廊企画室 東京
    Gallery gen 埼玉
    ギャラリー川船 東京
1998 コバヤシ画廊企画室 東京
    エキジビション・スペース 東京国際フォーラム
1999 ギャラリー川船 東京
    Red Mill Gallery (Vermont, U.S.A.)
2000 ギャラリー目黒 三重
2002 ギャラリー川船 東京
2004 ギャラリー三条 京都
2005 ギャラリー川船 東京
2006 アートインタラクティブTOKYO 東京
    ギャラリー川船 東京

<グループ展>
1989 「椅子Paradise展-陶による造形」ギャラリー クオ−レ 大阪
1990 「箱展」二ノ宮美術館 大分
1991 「第20回記念長三賞陶芸展」奨励賞 麻布美術工芸館 東京、常滑市民会館 愛知
1992 「GROUND ZERO展」スペース21 東京
    
「大阪彫刻トリエンナーレ」マイドームおおさか 大阪
1993 「CERAMIC SCULPTURE 空間考 Part 9」セラミック アート ギャラリー 東京
1994 「TAMA ART STUDIO展」町田市民ホール 東京
1995 「Contemporary Ceramic '95」ギャラリー ラランヌ、ギャラリー ル デコ 東京
    
「Ceramic Works 2人展」ルート ギャラリー 東京
1996 「Contemporary Ceramics '96」GALERIE ART PRESENT  パリ
2000 「神奈川 アート アニュアル2000」神奈川県民ホール ギャラリー 神奈川
    
「フィリップ モリス アート アワード2000」恵比須ガーデンルーム 東京
    
「They are Square, but Not too Formal.」 Robert Pardo Gallery  ニューヨーク
2004 「Korean International Art Fair」 ソウル
2005 「Korean International Art Fair」 ソウル
    
「北京大山市国際芸術祭」 北京

<パブリックコレクション>
東京都町田市立博物館
立教大学付属中学高等学校音楽ホール
JRA新潟競馬場 馬主フロア
JALシティホテル宮崎
ラフォーレ新大阪
ホテルCLASKA 東京目黒区
パルシオ五番町 東京千代田区
ニチコン本社ビル正面ロビー 京都
ホテルニューオータニ石心亭 東京千代田区
二期倶楽部 那須
四谷ゲートタワー 東京新宿区
アルゼンチン近代美術館日本の家
アルゼンチン共和国
TAMAアートスタジオ町田 東京
株式会社INAX 東京
Robert Pardo Gallery ニューヨーク

 

Takehiko Higuchi

1966
Born in Fukuoka
1993
“Artists in Residence Program”TAMA Life 21 Association [Tokyo]
1999
“Asian Artists Fellowship Winner”Vermont Studio Center [U.S.A.]

SOLO EXHIBITION
1994
Gallery Kobayashi [Tokyo]
1995
GALLERY WHITE ART [Tokyo]
1996
INAX GALERIA CERAMICA [Tokyo]
Gallery Kawafune [Tokyo]
STUDIO Kinshicho [Tokyo]
1997
Gallery Kobayashi [Tokyo]
Gallery gen [Saitama]
Gallery Kawafune [Tokyo]
1998
Gallery Kobayashi [Tokyo]
Tokyo International Forum, EXHIBITION SPACE [Tokyo]
1999
Gallery Kawafune [Tokyo]
Red Mill Gallery [Vermont, U.S.A.]
2000
Gallery Meguro [Mie]
2002
Gallery Kawafune [Tokyo]
2004
Gallery Sanjo [Kyoto]
2005
Gallery Kawafune [Tokyo]
2006
Art Interactive TOKYO [Tokyo]
Gallery Kawafune [Tokyo]

GROUP EXHIBITION
1989
“THE CHAIR OF PARADISE”Gallery Cuore, Osaka
1990
“THE BOXES EXHIBITION”Ninomiya Museum, Ooita
1991
“THE 20TH CHOZASHO CERAMIC ART EXHIBITION”
The Azabu Museum of Arts and Crafts, Tokyo, Tokoname Civic Culture Center, Aichi
1992
“GROUND ZERO EXHIBITION”Gallery Space 21, Tokyo
“OSAKA SCULPURE TRIENNALE '92” My Dome Osaka, Osaka
1993
“CERAMIC SCULPTURE '93 Thinking for Space Part 9”Ceramic Art Gallery, Tokyo
1994
“TAMA ART STUDIO” Machida City Hall Gallery, Tokyo
1995
“Contemporary Ceramics '95”GALERIE LANNE, Tokyo, GALERIE LE DECO, Tokyo
“Two Personal Exhibition-Ceramic Works”Root Gallery, Tokyo
1996
“Contemporary Ceramics '96”GALERIE ART PRESENT, Paris
2000
“KANAGAWA ART ANNUAL 2000”Kanagawa Prefectural Gallery
“PHILIP MORRIS ART AWARD 2000”The Garden Room, Tokyo  “THEY ARE SQUARE, BUT NOT TOO FORMAL.” Robert Pardo Gallery, New York
2005
“Korean International Art Fair: KIAF”Seoul
“Dashanzi International Art Festival: DIAF” Beijing

COLLECTIONS
Algentina Museum of Modern Art [Algentine]
Machida City Museum [Tokyo]
TAMA ART STUDIO-MACHIDA [Tokyo]
INAX GALERIA CERAMICA [Tokyo]
Robert Pardo Gallery [New York]
Teru Sushi [Gunma]

PUBLIC ART
Hotel CLASKA [Tokyo]
Hotel New Otani [Tokyo]
Parcio 5 Bancho [Tokyo]
Music Hall in Rikkyo High School [Tokyo]
Machida City Museum [Tokyo]
Japan Racing Association Niigata [Niigata]
JAL City Hotel [Miyazaki]
Hotel Laforet Shin-Osaka [Osaka]
Nichicon Corporation Head Quarter [Kyoto]
NIKI Club [Nasu]
Yotsuya Gate Tower [Tokyo]

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