Gallery Kawafune ギャラリー川船

斎藤美奈子 展
2008年7月14日(月)〜8月2日(土)
11:00am-7:00pm 日・祭日休廊

斎藤美奈子 − 遠さの加減
李 美那
 昨年10月の斎藤の個展「Memory−かみの橋」を訪れてから、遠さということが頭を離れなくなった。
 100cmを超える大きな正方形のパネルに、周囲に白い空間をとって風景の写真が焼き付けられている。映っているのは川、橋、原、雑草、電線、雲、これといって特徴のある景色ではない。目を引く建物も強い色もなく、人もいない。どこを見ていいか、しばらく途方に暮れるような、漠とした写真である。が、どれも空が広い。そして光を感じる。これを撮る、という明確な対象は写っている物にはなくて、写った木、雲、空、陽の光や残された何も無い空間が緩やかにからまって、ある空気の感触が現前する。
 もう一回り小ぶりなものもあわせて、大小の風景が、ゆっくり歩いて一歩半くらいの距離をおいて続く。写真にはスポットライトが当てられているのだが、四角い写真が自ら発光しているような感じだ。部屋の奥には、かつてのミシン台であろうか、古い机と丸椅子がひと組。古びた布が、半ばやりかけの感じで机上に広がっている。布の上には若い女性の赤茶けた写真が乗っていた。壁も床も、もののあるところに照明の光溜りがあるだけで、あとの空間は暗く静かに沈んでいる。壁の写真と周りの空間の境界がゆるんで、風景の抱えている空気が外まで流れ出す。
 既知と未知のないまぜになった、眼前の光景はそのままに異次元にいるようなゆらぎ。矛盾しつつもその底に感じる確かな現実感。写真だけではない、わずかなしつらえの全体、それが呼び起こすこれらの感触が、斎藤の作品の姿だろう。
 「かみの橋」のきっかけは、母の急逝である。会場をゆっくり一巡して後、作家から、写真の場所は亡き母が見たはずの風景であると聞き、机上の布は、洋裁を学んだ母の充実した若い日々の品である、と聞いても、写真からも空間からも、安易な親近感は感じられなかった。感じるものは、方向を少しく異にしていて、周囲のすべてが自分の身からはるか遠くへと引いていく、自分自身すらも遠ざけようとしているかのような、遠ざかる感覚であった。
 斎藤の初期の作品には、どこかに社会的弱者や歴史解釈にまつわる見解の表出が少しづつ滲んでいて、作品と作者の存在は表裏一体に近かった。その頃、写真はしつらえの中の一つのツールにすぎなかったように思う。数年前からのMemoryシリーズの初期、精神病院の窓を撮った作品のあたりから、基本的に目撃記録装置であるカメラを、目撃することから自らをずらすための身体的プロセスの一部として使い始め、写真であることの意味が重くなったのではないだろうか。2006年の妻有のトリエンナーレ、昨年の個展と、この関係性の変化は急速に進んでいるように見える。
 斎藤の写真の底には追体験の構造がある。特にMemoryのシリーズにはその傾向が色濃い。精神病院の窓から窓枠ごしに外を撮った時には、その窓から外の景色を見たであろう患者の行動をなぞってみている。雪原に立つ枯れ木の写真では、妻有の豪雪地帯に嫁いだ女の生涯を幾晩も聞き、彼女の歩いた雪道を歩いてみる。「かみの橋」ならば母のかつての住まいを捜し、古い友人を尋ね、自分と縁のできる以前の母の人生を拾い集めてみる。その都度、斎藤自身はかなりの深みにまで、対象とした人間の気持ちや状況によりそい、時にはこれ以上は自分が壊れてしまうと思うほどに真摯に向き合う。そしてその人の眼をたどって、ある風景を訪ねて行く。
 しかしそこで、斎藤は目撃の記録を撮らない。対象となる人の眼から出発して、一度はそれを自分の目で重ね、そこからぐるっと螺旋状に一回りして、同じ風景が違う風景になる瞬間を時間をかけて探る。写真を撮ることで、自分の身から一度得たものを引き剥ぐようにして遠ざける。追体験は制作プロセスの底に沈み、さらに今では、全体としての強い感触にもかかわらず写るもの自体は漠としているように、自分の眼に写っているものすら、写った写真から遠ざけようと努力しているかのようだ。遠さはだんだんと進み、「かみの橋」では、出発点は母というこれまでで最も身近なものでありながら、写真の遠さの加減は最も遠いと感じるところまで来た。そしてしつらえは、遠ざかる写真をかろうじて出発点につなぎとめ、作品全体の遠さの振幅(ふれはば)を広げている。
 過去へ遡れば遡るほど、はるかな未来を感じることがある。遠さの加減は遠ざかることだけを意味しはしないだろう。その加減の具合を見に、今回も足を運ぶことになりそうである。
( り みな / 神奈川県立近代美術館主任学芸員 )


無題/2008年/Cタイププリント

mail to
kawafune@diamond.broba.cc

memory-W. mental hospital / Lippstadt, Germany [T], 2003年、ed.20

memory-W. mental hospital / Lippstadt, Germany [V], 2003年、ed.20

無題

無題

無題

 

出品リスト

無題−[T]、2008年、ed.20

無題−[U]、2008年、ed.20

無題−[V]、2008年、ed.20

memory-Tachikawa air base [T]、2008年、ed.20

memory-Tachikawa air base [U]、2008年、ed.20

memory-Tachikawa air base [V]、2008年、ed.20

memory-Tachikawa air base [W]、2008年、ed.20

無題−[W]、2008年、ed.20
母の遺した布
母の遺した布

memory-W. mental hospital / Lippstadt, Germany [T], 2003年、ed.20

memory-W. mental hospital / Lippstadt, Germany [U], 2003年、ed.20

memory-W. mental hospital / Lippstadt, Germany [V], 2003年、ed.20

無題、2007年、ed.30

無題、2007年、ed.30

無題、2006年、ed.30

無題、2006年、ed.30

無題、2006年、ed.30

 

BIOGRAPHY
1962
Born in Tokyo, Japan
1986
Graduated from Tokyo National University of Fine Arts and Music
1988
Completed postgraduate studies at Tokyo National University of Fine Arts and Music
1992-95
Live and work in New York, USA 
2002-03
Live and work in Germany, received grant from Ministry of Culture for the Arts in Japan
Study at Muthesius Art Academy, Germany

SELECTED SOLO EXHIBITION 
2007
“Memory - Kaminohashi bridge”Nihonbashi Takashimaya Art Gallery X, Tokyo Japan
2007
“Memory”Chofu Gallery, Tokyo
2003
“Memory”Brunswiker Raum, Kiel Germany
“Memory”Fujikawa Gallery Next, Osaka Japan
2001
“Memory”Viewing Room Yotsuya, Tokyo
1998
“Self portrait”Gallery Nikko, Tokyo
1997
“Behind the Moon”Gallery Q, Tokyo
1996
IBM-Kawasaki City Gallery, Kawasaki Japan
Gallery Le Deco, Tokyo
1995
“The Seesaw”Nihombashi Takashimaya Contemporary Art Space, Tokyo
Chofu Gallery, Tokyo
Studio Kinshichou - Kinshichou Seibu,Tokyo
1994
“The Grave at Midday - Nippon”Yokohama Galleria Bellini Hill Gallery, Yokohama Japan 1992
Gallery Q, Tokyo
1991
“Controlled Life”Gallery Lunami, Tokyo

SELECTED GROUP EXHIBITION
2006
Echigo - Tsumari Art Triennial 2006, Niigata Japan
Samazamaname148, IBM - Kawasaki City Gallery, Kawasaki Japan
2005
Map of Meanings, Cuisine Digital - quartier 21, Museums Quartier / Plattform Kunst, Vienna Austria
D/J Brand, The University Art Museum-Tokyo National University of Fine Arts and Music, Tokyo
Dialogue between Japanese and South Korean artists of 5 generation’s, Maruki Gallery for the Hiroshima Panel, Saitama Japan
Work after the World War II - from permanent collection, Fuchu Art Museum, Tokyo
2004
Locus for one Businessman’s art collection, Fukui Art Museum, Fukui Japan
Gazing the Society - from permanent collection, Oita Art Museum, Oita Japan
2003
[B+P]7, Kulturzentrum Salzau, Kiel Gremany
Whether or not - a war memorial, Muthesius Hochschule, Kiel Germany
20th Anniversary Exhibition, Gallery Q, Tokyo
2002
Cyclical art site, Oita Art Museum, Oita Japan
The First Fuchu Biennial 2002 - Double Reality, Fuchu Art Museum, Tokyo
Myogadani Dojyunkai Apartment Project, Myogadani Dojyunkai Apartment, Tokyo
2001
Ikiro - Be alive / Contemporary Art from Japan:1980 until now, Kroller-Muller Museum, Otterlo the Netherlands
Identity Transformations, Rio Hondo College Art Gallery, Los Angels USA / Temporary Exhibition Gallery of Provision Municipal Council of Macao, Macao China
NICAF - Nihon International Contemporary Art Festival, Tokyo International Forum, Tokyo
2000
Gallery Kawafune, Tokyo
1999
Wearable, Galeri Padi, Bentara Budaya Gallery, Indonesia
Diaspora - International Art Encounter Ciudad de Oviedo, Oviedo Spain
Laboratory of the Senses, Sakura City Museum, Chiba Japan
1998
Kanagawa Art Annual ’98, Kanagawa Prefecture Gallery, Yokohama Japan
1996
The International Com Art Show in Suwon ’96, Suwon South korea
1995
New Asian Art Show 1995, Kirin Plaza, Osaka / The Japan Foundation Forum, Tokyo
1994
Japan-Korea Contemporary Art Exchange Show, Funabashi City Gallery, Chiba Japan
1993
Christmas Show, White Columns, New York USA
1992
Apostles of the Art, Gallery Q, Tokyo
Emerging Artists from Japan, White Columns, New York USA

SELECTED GRANT / SCHOLARSHIP
2005
Asahi Shimbun Foundation
Cultural Studies Wien - Artist in Residence Program
2002
Ministry of Culture for the Arts in Japan - Japanese Government Overseas Study Program for Artists
2001
Pola Art Foundation
1999
The Nomura Cultural Foundation
The Japan Foundation
1992
The Japan Art Foundation

PUBLIC COLLECTION
Fuchu Art Museum, Tokyo Japan
Oita Art Museum, Oita Japan
Kroller-Muller Museum, Otterlo the Netherlands
Provision Municipal Council of Macao, Macao China

 

■ 作家略歴

1962    東京生まれ
1988    東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了
1992-95 米国、ニューヨーク滞在
2002-03 文化庁派遣芸術家在外研修にてドイツ滞在
       ドイツ国立ムテジウス美術大学にて学ぶ

■ 展覧会歴

主な個展
2007 MEMORY - かみの橋 (日本橋島屋美術画廊X・東京)
    MEMORY(調布画廊・東京)
2003 MEMORY(Brunswiker Raum・ドイツ、キール)
    MEMORY(Fujikawa Gallery Next・大阪)
2001 MEMORY(Viewing Room Yotsuya・東京)
1998 SELF PORTRAIT(ギャラリー日鉱・東京)
1997 月の向こう側(銀座ギャラリーネット、ギャラリーQ・東京)
1996 ギャラリー ル・デコ
    かわさきIBM市民文化ギャラリー
1995 シーソー(日本橋島屋コンテンポラリーアートスペース・東京)
    調布画廊・東京
    錦糸町西武百貨店―STUDIO錦糸町・東京
1994 真昼の墓─ニッポン(ガレリアベリーニの丘ギャラリー・神奈川)
1992 ギャラリーQ・東京
1991 Controlled Life(ギャラリールナミ・東京)

主なグループ展
2006 越後妻有アートトリエンナーレ2006(新潟)
    ダイアローグ/さまざまな眼148(かわさきIBM市民文化ギャラリー・神奈川)
2005 Map of Meanings(Cuisine Digital - quartier 21, Museums Quartier/Plattform Kunst・オーストリア、ウィーン)
    D/J Brand(東京藝術大学大学美術館・東京)
    日韓・韓日 五世代の対話(原爆の図丸木美術館・埼玉)
    常設展示・戦後の日本美術を中心に(府中市美術館・東京)
2004 あるサラリーマンコレクションの軌跡(福井県立美術館・福井)
    常設展示・社会を見つめて(大分市美術館・大分)
2003 (B+P) 7(Landeskulturzentrum Salzau・ドイツ、キール)
    Whether or not - a war memorial(Muthesius Hochschule・ドイツ、キール)
    20th Anniversary Exhibition(ギャラリーQ・東京)
2002 アート循環系サイト(大分市美術館・大分)
    第一回府中ビエンナーレ2002─ダブルリアリティー(府中市美術館・東京)
    茗荷谷同潤会アパートプロジェクト(茗荷谷同潤会アパート・東京)
2001 Ikiro - Be alive/Contemporary Art from Japan:1980 until now(クレーラーミューラー美術館・オランダ、オッテルロ)
    Identity Transformations(マカオ市立ギャラリー・中国、マカオ/Rio Hondo College Art Gallery・アメリカ、ロサンジェルス)
    Brustschwimmen - Hiraoyogi(Trittauer Wassermuhle・ドイツ)
    NICAF−国際コンテンポラリーアートフェスティバル(東京国際フォーラム・東京)
2000 資料でたどる戦争期の美術(ギャラリー川船・東京)
1999 Wearable(Galeripadi/Bentara Budaya Gallery・インドネシア)
    Diaspora-International Art Encounter Ciudad de Oviedo(スペイン・オビエド市内全域)
    知覚の実験室(佐倉市美術館・千葉)
1998 神奈川アートアニュアル’98(神奈川県民ギャラリー・横浜)
1996 The International Com Art Show in Suwon ’96(セーカング養護学校跡・韓国、スーオン)
1995 New Asian Art Show 1995(キリンプラザ・大阪/国際交流フォーラム・東京)
1994 日韓現代美術交流展’94(船橋市民ギャラリー・千葉)
1993 クリスマス小品展(White Columns・アメリカ、ニューヨーク)
1992 芸術の使徒達(ギャラリーQ・東京)
    Emerging Artists from Japan(White Columns・アメリカ、ニューヨーク)

■ 主な助成金、奨学金他

2005 朝日新聞文化財団
    Cultural Studies Wien -アーティスト・イン・レジデンス・プログラム
2002 文化庁派遣芸術家在外研修
2001 ポーラ美術振興財団
1999 野村国際文化財団
    国際交流基金
1992 日本芸術文化振興会

■ パブリックコレクション

  府中市美術館・東京      
  大分市美術館・大分
  クレーラーミューラー美術館・オランダ  
  Provision Municipal Council of Macao・中国

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