Gallery Kawafune ギャラリー川船

秋田寅雄とその周辺
−林倭衛・別府貫一郎・赤掘佐兵 他−

1999 11月8日(月)〜20日(土)

会場風景

 

寅おじさん
 林聖子
 秋田寅雄(1914-1996)は私の母方の叔父にあたります。寅雄の姉二人がそれぞれ洋画家の別府貫一郎、林倭衛に嫁ぎ、父房次郎は水墨画家(雅号錦城)、叔父木島南平(雅号天台)も日本画の橋本雅邦の門下であったことも、寅雄の生き方に強く影響したのではないでしょうか。
 昨年四月、津山高島屋で「秋田寅雄遺作展」が開かれるとの知らせに、久し振りに早朝の新幹線で駆けつけました。展覧会場の4号〜120号、58点の絵には寒色の使い方に特長があり、なんとなく会場の空気を澄んだものにしていることに気がつきました。戦後、独立展の出品作を含めキュービズムの作品が多く、日本人らしい清潔な叙情を失わない若々しさでした。津山から動かず中央画壇との接触も敢えて持たなかったことも含めて、岡山県の先輩坂田一男と共通したものを感じました。
 日帰りの車中、叔父が一生を賭けた仕事があのままで終わってしまうのは残念に思われました。後藤洋明氏、ギャラリー川船のご主人にお話したところ、お二人のお力添えで、この度の展覧会が念願叶って東京でも実現することになりました。
 何とぞご高覧下さいますようお願い申し上げます。
(はやし せいこ/林倭衛・長女)
 

秋田寅雄 略年譜

1914 岡山県津山市伏見町に、4代続く化粧品小間物卸問屋の長男として生まれる。
1933 津山商業高等学校卒業。
1936 竹内翠と結婚。
1937 日支事変に出征。
1938 除隊、張家口で就職、深沢省三に出会い、勤務の傍ら絵画の勉強をする。
1942 父の病気が悪化し、帰津、家業の問屋を整理する。
1945 敗戦後、地元企業に就職。勝間田に疎開していた赤掘佐兵に師事。
     津山に「岡山県北部美術協会」設立。
1950 津山工業高校の美術教師となる。以後、'80まで各高校の美術講師を務める。
1996 死去。